杉本良明「人間関係にうんざりしたときに読む本」書評
アマゾンの「・・・一緒にこの本も買っています」にやられて、つい買ってしまいました。
それ以外の理由としても、普段でも、
現状・問題点
↓
原因・理由
↓
結論・解決方法
と筋道を立てて話をしているのに、相手は自説を繰り返したり、頭ごなしに否定したり、時には逆ギレされることがあるのは、何でだろうと思って、購入しました。
また、人に物事を頼むとき、頼みごとがうまい人と下手な人がいる(私は下手)、少しでも頼まれた側が気持ちよく頼みごとを引き受けてくれるには、どのようなやり方・話し方があるのだろうか、それが書いてあるかもしれないと思ったのも購入した理由です。
本書「人間関係にうんざりしたときに読む本」で、一貫して主張していることは、
感情の世界 ――――承認―――→ 理性の世界
←外的コントロール―
と
人間関係
(-)←―――――――(0)―――――――→(+)
外的コントロール 承認
です。
まず、相手の気持ちを「承認」する。その上で本題に入る。
気持ちが承認されると、相手も自分のことを認められたと感じ、感情の世界でなくて、理性の領域で話し合いができるようになる。
これが本書の主張です。
私的なことですが、相手の気持ちをお互いに承認せずに話をした結果、失敗に終わった例として、最近知人のブログでコメントのやり取りをしたのですが、「承認プロセス」がお互いになかったので、全く話し合いにならなかったことがあります。
相手への「承認」なしに、いきなり本題(反論)に入っているので、理性的なことを書いているようでも、そのコメントを書いた原動力は「感情の世界」。感情レベルの承認がないので、理性的な言葉が全然理性的になっていません。「理性の言葉をまとった感情の発露」になっています。
さらに、Nishi 君は
私は迷惑を強く感じています。
私は「迷惑をかけてもいいと思っている人だ」と理解しています。
私には「病気を免罪符にしている」としか感じられません。
と、人格攻撃という強力な外的コントロールを使用しています。
その結果、最後は捨てゼリフで終わる残念なコメントの応酬となってしまいました。
お互い、相手への「承認」をしていれば、このやりとりをやる前に本書を読んでいれば、有意義な話し合いになかったかもしれないと思うと残念です。
そのようなわけで、「自分の考えがなかなか相手に伝わらない人」「自分の周りに外的コントロールをたびたび使う人がいて、その人と付き合うのに苦痛を感じている人」などにはお勧めの本です。
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コメント
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○ 事実の整理
○ 客観的に見て論理的飛躍なく筋が通っているかどうか?
というところが前提だと思いますが如何?
投稿: Nishi | 2009.03.07 21:34
いや、そうではなくて、「まずは感情の承認」がこの本の主題です。
投稿: マーマー・ヨ | 2009.03.07 21:37
「世界は感情で動く」のレビューでも書きましたが、人間はとっても感情に引っ張られる性質を持っています。たとえ動かしがたい事実や論理があったとしても。
# この本、「行動心理学」の本としても良書ですよ。
お互いの感情にコンセンサスがないと、客観的な事実も理論的な説明も、相手に届かない、というのがこの二つの本の主題です。
投稿: マーマー・ヨ | 2009.03.07 21:47
その本は面白そうですね。
人間関係の改善について本にはいろいろ書かれていますが
実際の人間関係で実行するのは難しいです。
>お互い、相手への「承認」をしていれば、
>このやりとりをやる前に本書を読んでいれば、
>有意義な話し合いになかったかもしれないと思うと残念です。
なるほど、相手をまず承認することなどでコンセンサスがとれていれば
やり取りが有意義になっていたかもしれないということが
わかったわけなのですが・・・。
マーマーさんは
あの時Nishiさんが何を「承認」して欲しいと思っていたか
というのは感じ取れているのかしら?
というのが私の疑問です。
いやみではなく本当にわかっているのかなぁと
素朴に疑問に思っています。
投稿: さわだ | 2009.03.07 23:24
> あの時Nishiさんが何を「承認」して欲しいと思っていたか
> というのは感じ取れているのかしら?
> というのが私の疑問です。
いやぁ、わかっていたんだけど、頭のいい Nishi 君ならそのぐらいわかるだろうと、いきなり本題を書いていて、はまったわけです。(^^;
投稿: マーマー・ヨ | 2009.03.07 23:32
>お互いの感情にコンセンサスがないと、客観的な事実も理論的な説明も、相手に届かない、というのがこの二つの本の主題です。
本の引用でしか論理を展開できないんですか?
「意見を理解するために、この本を読め」
「病気を理解するために、論文を読み漁れ」
って、「その意見を理解したい人」「その病気を理解したい人」にとってはいいかも知れませんが、「別に意見も病気も理解する必要性を感じていない人」にとっては「そんな労力をなんで自分がかけなきゃ行けないの?」としか思えず何の説得力にもなりません。
すなわち「(感情だろうが理性だろうが)コンセンサスをとるニーズがある側が努力しなければ意味がない」って話です。
あ、そうか、書籍のレビュー記事でしたね。
失礼しました。
さて、前提条件を理解されていないようなので書いておきますけど、私は別にマーマー・ヨさんの「筋の通ってない話」を受け取るつもりはないんですよ。感情的かどうかではなくポリシーとしてね。
あと、「人間関係にうんざりした」のであれば、本なんか読まなくても「さっさとその人間関係を切ってしまう」っていう方法が一番早いですよ。おススメです。ちなみに私は昔からこの手段ですね。
こういう言い方をすると冷酷な人格だとよく思われますが(いや、実際そういう人格なんですが)その方が相手にとっても楽なはずですからね。
投稿: Nishi | 2009.03.07 23:34
Nishi 君
↑のコメントのような、感情の承認なしの文章は、相手の心に届かないのですよ。
そういう話。
投稿: マーマー・ヨ | 2009.03.07 23:41
ん~、結局、本に書かれている言葉を自分の楯につかっているだけでしょ?
本の著者からしたら迷惑では?
それともご自身の中には論拠も考えもないんですか?
ついでに、もともとの話で「マーマー・ヨさんの主張」について正当性があるなら、「読み手に頼らずにきちんと論拠を整理して頂けませんか?」
ご自身が主張をするにあたって必要な努力をしないまま、「たまたま都合のよい書物の内容に頼り」「読み手に甘えて」誤魔化しているだけに見えますが?
投稿: Nishi | 2009.03.08 00:04
Nishi 君
言いたいことはわかりますが、本エントリの趣旨から外れてきています。
ココログはエントリ毎にコメント欄を閉鎖することはできないので、この話を続けたいのでしたら、Nishi 君のブログあたりに新しくエントリを作っていただけると助かります。
よろしくお願いします。
投稿: マーマー・ヨ | 2009.03.08 00:16
あ、そうだ。
「人間関係うんざりしたときに読む本」
「世界は感情で動く」
ともに、アマゾンのレビューを見ればお分かりのように、「たまたま都合のよい書物の内容に頼り」かどうかに関係なくお勧めできる良書ですので、興味をお持ちになりましたら是非読んでみてください。>このブログの読者の皆様
投稿: マーマー・ヨ | 2009.03.08 00:27
意味不明です。
勝手に本文中に私のHNを挙げている以上は、ここを使えばいいと思いますけど?
あと、ご自身の病気の件もきちんとこの場で説明をしていただくという私のリクエストは?
「俺は病気なんだから、みんな俺に配慮しろよ!!」って言うんだったら、それをきちんと誰もが納得できる形にまとめて紹介し、そのコンセンサスが形成されたのち迷惑をかけるようにしましょうね。
迷惑をかけた後に事後でコンセンサス形成するってそもそも無理な話で、それを相手の努力不足のように語るのって馬鹿にしているようにしか読み取れないですなぁ。
投稿: Nishi | 2009.03.08 00:42
>いやぁ、わかっていたんだけど、頭のいい Nishi 君ならそのぐらいわかるだろうと、いきなり本題を書いていて、はまったわけです。(^^;
そうなのですか。
なぜあのような発言(ひとに嫌な感じを与えるような書き方)を
わざわざするのか不思議だったんです。
わかってやってるのか、うっかりそうなってしまったのか
そのあたりがとても気になっていました。
Nishiさんを嫌な気分にさせたくて書いているのか
本当にご自分のことを理解して欲しかったのか・・・
マーマーさんによき理解者がたくさん現れるといいなと
思います。(これも嫌味ではないです)
それは何かが変わったということなんだろうからと思います。
そういえば、
人間関係にうんざりだっていうのは
どういうときに思うんだろう。
投稿: さわだ | 2009.03.08 00:46
あと、私のブログ読者で、マーマー・ヨさんのコメントに対してかなり強い反感を持っている人が複数います。
マーマー・ヨさんよりも重度の病気にかかり、社会から離れて治療ののち、自力で復帰した方々ですが、そういう人たちから見るとあの一連のコメントって「本当に病気の人までイメージを下げられる」迷惑なものに思えるんですよ。
そんな人たちに不要な精神負荷を与えたくないんですよね。
まぁ、「病気もいろいろあるし、単純に重度か軽度かで分けられない」という反論はあり得ますが、その反論をするためには、ご自身の病状についてエビデンス含めた主張が必要と考えます。
そんなわけで、私のブログにはこの件について記述しません。
まぁ、もしかしたらもっと広い話で似たような話を扱う可能性はありますけどね。
投稿: Nishi | 2009.03.08 00:53
> Nishi 君
この場でコメントを続けたいのでしたら、それでも構いませんが、私が返信するかどうかは保証しません。
一つだけ。
私の病気について、私が自分のブログで公表する義務はありません。
> さわださん
いや、結構「うっかり」の方が多かったかも。自分の足元を見るのって、結構難しいですよね。(^^;
投稿: マーマー・ヨ | 2009.03.08 02:09
Nishi君の2009.03.08 08:04のコメントは事実に反しており、かつ事実錯誤に基づいた誹謗中傷だったため削除しました。
投稿: マーマー・ヨ | 2009.03.08 20:57
あれが誹謗中傷ですか?
では本文中で私のコメントを無断で引用しているのは何?
コメントの意味って前後関係で意味はいくらでも変わるものですよね。
そこを捻じ曲げて「人格攻撃」という書かれ方をしているのも、私には納得できないんですが?
ちなみに私の元記事本文では、まったく無関係の人にまで人物特定できるようには書いていないんですけどね。
投稿: Nishi | 2009.03.08 21:32
さて、揚げ足取りをしていても話はまとまらないので、きちんと論理的に整理した方が、こちらのブログ読者の方にとってもわかりやすいと思いますので、そうします。
マーマー・ヨさんが問題にしている私のブログ記事は
http://a-nishi.blog.so-net.ne.jp/2009-02-15
です。
要約すると「とある人が13時~16時半の集まりに遅れてきた。ついたのは16時半。これで本番で弾けなかったらゴミだね。」とまぁ品性に欠けた記事ではあるんですけどね。
これに対してのマーマー・ヨさんは
「それはオレが病気だと知ってでの発言? 」
「心療内科に通院している人は「人間のゴミ」なのですね。」
「心療内科と遅刻は密接に関係していることですよ。」
と発言され(途中私のコメントもありますが、内容の連続性にそれほど影響ないので割愛しますが、公平性の確保のため、元のコメントのやりとりもご参照ください。)
私はこれに対して
「「病気だから他の人に迷惑をかけても許される」とは思わないで下さい。」
ということと、
「音楽活動絞り込んででも治療に専念するということを考えた方がどの意味でもベターに思えるのですが?」
とコメントさせて頂いています。
この後のマーマー・ヨさんのコメントとしては、
「それよりもっと怖いのは、これが「病気」と認知されず、「だらしない」「自己管理能力の欠如」と烙印を押される一般社会。」
と論点のすり替えをされていますのが、私としてはこれまでマーマー・ヨさんから病気であることを知らされたことも一度もありません。もしかしたら周りの皆さんは知っていたのかも知れませんが。
とりあえず私のコメントとしては
「私も含めて一般社会はあなたの保護者じゃないんです。
「仲間」と「保護者」では迷惑をかけてもいい許容値が違いますし、そもそも、病気かどうかなんて、首から病名でもかけていない限り誰も気が付きません。 」
と
「「病気だから他の人に迷惑をかけても許される」とは思わないで下さい。」
という話に戻したかったのですが、
「医者からは「外出するイベントは積極的に参加するように」と言われているんだけど」
とコメントをされています。
この辺りまでの議論の平行線状態を本記事でマーマー・ヨさんが述べられている。
現状・問題点
↓
原因・理由
↓
結論・解決方法
というのに乗せて整理してみましょう。
私の元記事およびコメントでの認識は
現状・問題点=不愉快を被った。
原因・理由=遅刻する人がいた
(結論・解決方法=遅刻しないようにしてもらいたい。)
です。
これに対してマーマー・ヨさんは
現状・問題点=遅刻してしまう。
原因・理由=病気だから。
(結論・解決策=あきらめてもらう)
とおっしゃっているように思います。
あ、違っていたら元のコメントと対応を付けて訂正お願いします。>マーマー・ヨさん。
その後、ごちゃごちゃしたコメントののち、もう一度私としては論点を
「私にとって迷惑か迷惑でないかだけが問題です。」
と再定義させて頂いているのですが、
マーマー・ヨさんから
「「迷惑をかけているかかけていないか」「迷惑をかけてもいいと思っているのかどうか」は、私は一切書いていませんからね。」
とコメントがあり、
「迷惑をかけているということについて事実だと思われていない」「病気という原因まで言及しつつも、それを自分自身で解決する気はない」と認識した私としては
「私は迷惑を強く感じています。
私は「迷惑をかけてもいいと思っている人だ」と理解しています。
私には「病気を免罪符にしている」としか感じられません。」
とコメントさせて頂きました。
この後のコメントは短いので見て頂くのがいいかと。
マーマー・ヨさんの主張に対しての私の疑問をもう一回整理します。
○ 自分が病気だったら周りに迷惑をかけてもいいのか?
○ 原因として「病気である」というところまでは読み取れるのですが、結論・解決策としてはどう考えているのか?
○ そのプロセスとして周囲を巻き込むのであれば、周囲とのコンセンサスの形成はどのようにするつもり(できているつもり)なのか?
こんな感じでまとめて見ましたが、もし認識違いなどありましたら、訂正コメントお願いします。>マーマー・ヨさん
あと、本コメントの内容的にはもともとマーマー・ヨさんがリンクを張っている先の内容そのままなので問題はないと思っていますが、引用の仕方によって印象が変わることもありますので、あくまでリンク先記事コメントに対する私の解釈ということでお願いします。
投稿: Nishi | 2009.03.08 22:18
> あれが誹謗中傷ですか?
そのように判断しました。
納得がいかない場合は、ココログ事務局にお問い合わせください。
> では本文中で私のコメントを無断で引用しているのは何?
著作権法上の引用の範囲内と考えています。
まとめお疲れさまでした。
二つ。
> (結論・解決策=あきらめてもらう)
これは Nishi 君の推測であって、私の考えではありません。
> 「「迷惑をかけているかかけていないか」「迷惑をかけてもいいと思っているのかどうか」は、
> 私は一切書いていませんからね。」
>
> とコメントがあり、
>
>
> 「迷惑をかけているということについて事実だと思われていない」「病気という原因まで言及し
> つつも、それを自分自身で解決する気はない」と認識した私としては
これは Nishi 君のミスリードです。
そこまでのコメントのやりとりで、
・(私が)迷惑をかけているかかけていないか
・迷惑をかけていいと思っているかどうか
について、単純にそのようなことはそれまでに書いていないということだけで、それ以上の意味はありません。
投稿: マーマー・ヨ | 2009.03.09 04:21
こちらのブログには何度か書き込みをしていますが
今回はMaさんからメールを頂いたので拝見しました。
まず、この話に関して私自身が全くかかわりのないこと、そして私自身が
この議論に関してどちらにも組するつもりがなく、またこの議論に
優劣をつけることに全く興味がないことをここに明記させてください。
某掲示板などでもありますが、会話のやり取りは言語という「道具」を使うので
刺激の強い言葉は相手の心を刺激します。
---------------------------
[Maさん]
頭のいい Nishi 君ならそのぐらいわかるだろうと
---------------------------
---------------------------
[Nishiさん]
本の引用でしか論理を展開できないんですか?
---------------------------
こうした言葉の応酬、私にはどちらも攻撃的な言葉に聞こえます。
同じ意味を指す場合でも、表現ひとつで相手の印象は全く変わってきます
[例1:いきなり本題から入ってしまったので、読みにくい文章になってしまったようです。]
[例2:本のレビューとは別に、Maさんの個人的な意見として、この本をどう思いますか?]
動物がそうであるように、人間も攻撃されれば反射的に防御的な反応を取ります。
それは物理的なものでも非物理的なものでも変わりありません。
同じ意味の事を言う場合でも、相手を逆撫でさせる表現のもあれば上機嫌にさせる表現もあります。
本当にお互いがお互いのことを理解したいというのであれば、言葉の表現をやわらかく、
相手のプライドを傷つけない表現を使うよう努力すれば関係はよりよくなると思います。
相手の尊厳を傷つける言葉は自分の尊厳を傷つける言葉となって返ってきます。自分が言われればそうであるように。
ちなみに、私は英語で相手に物を指摘するとき、できるだけ「It seems(~のように思えるのですが)」や
「I'm afraid to say (大変失礼ですが・・・)」という表現をあえて使うようにしようと思っています。(英語力があるわけではないので、できないときの方が多いのですが。)
これは何も相手にへりくだるという意味ではなく、相手との関係性を円滑に保つための「道具」だと私は思っています。
長文失礼しました、失礼します。
投稿: よす | 2009.03.09 05:23
>これは Nishi 君の推測であって、私の考えではありません。
>これは Nishi 君のミスリードです。
で、あれば、ご自身の考えおよび、本来の意味を明確にして頂けませんか?
「違う」とおっしゃるのは構いませんが、なぜお考えを明確にされないのでしょうか?私に対して正確に意図を伝えるための努力をされていないのにあたかも私の理解不足のように「議論が平行線」と言われても困るのです。
>よすさん
コメントありがとうございます。
今回の場合は、「実生活ですでに私が迷惑をこうむって防御に入っている」ということをご勘案ください。
もし必要であればどんなことがあったか説明いたします。
投稿: Nishi | 2009.03.09 05:42
ところで、2009.03.08 22:18のコメントとしては、「感情抜きで私のここまでの認識を整理したもの」のつもりです。
○ 私のコメントの意図
○ マーマー・ヨさんのコメントに対する私の解釈
を整理したものです。
これは、「議論が平行線になっている理由として」
○ お互いのコメントについて意図どおり受け取っていない。
もしくは
○ お互いに自身の主張の不足分
というのがあるのではないかという意図からです。
実際、マーマー・ヨさんから「単なる推測」「ミスリード」の指摘がされていますが、そこの修正はマーマー・ヨさんのお考えを明確にして頂かない限りは不可能ですし、同様に私のコメントに対するマーマー・ヨさんの解釈も一通り明確にして頂ければ、私の本来の意図に関して説明させて頂きます。
ところで、
本エントリーの本文に挙げられている書籍から学ぶべきことは
○ 「感情の承認」をしない相手に対して「おまえは感情の承認をしないから話にならない」
○ 「外的コントロール」をする相手に対して「おまえの言い方は腹が立つから議論に入れない」
と言ってしまえということではなく、
○ 相手にいかに「感情の承認」をしてもらうかを考える。
○ 相手の「外的コントロール」に惑わされずにきちんと理性的に読み取る。
ということではないかと推察しますが、如何ですか? >マーマー・ヨさん
ちなみに、私はこの書籍は読んでませんのであくまで推察ですが・・・・・・
一方、議論に関しての私の持論は、「人それぞれ言い方もいろいろあるので、わざわざ一つ一つの言葉尻をとらえても仕方がない。議論の中身がどれだけ筋が通っているかどうかだけが問題」です。
相手に悪気があってもなくても、引っかかる言葉というのは毎日ありますが、それに一つ一つこだわっていては議論は進まない。
それに多少感情的になりながらも、徹底的に主張しあってから合意した方がコンセンサスは強力なものが得られることも多い気がします。
(ここは本著と反するところ?)
そういった意味でも、先のコメントで「私がマーマー・ヨさんのコメントを読んでいての疑問点」は上げさせて頂きました。そこについて明らかにされないと、私はマーマー・ヨさんのおっしゃりたいことがわからないんですよ。
投稿: Nishi | 2009.03.09 06:29
実例を挙げて説明させていただいた方がいいのかもしれませんね。
----------------------------------
>今回の場合は、「実生活ですでに私が迷惑をこうむって防御に入っている」ということをご勘案ください。
>もし必要であればどんなことがあったか説明いたします。
必要ありません。あなたがどんな迷惑を感じているかなど私の興味の範囲外です。
それに、何を言ったところであなたが「防御」という名の下に「攻撃」をし、相手を
逆撫でしていることは厳然たる真実です。理路整然としてるつもりでそんなことも自覚できないんですか?
「相手がやったから自分もやる」ではもはや子供のケンカではないのですか?
----------------------------------
あえて「悪い」言い方で書いてみました、間違いなくお気を害されたと思いますのでまず何よりも謝らせて下さい。
私の考えている「道具」の悪い使い方の最たるものが上記の例です。
同じ意味を伝えるために、言い方を変えて、感情を自分の感覚の外に除外し、
何度か文を読み返して推敲し、相手の気分(≒自分の気分)を害さない文を作る・・・という作業は
実はコミュニケーションにおいてはとても大事なことなんです。
さらに、実はこれは日本以外の国でも同じことです。
古くは古代ギリシャのソクラテス以前のソフィスト("相対論者"と呼ばれる人などが代表例ですね)から
ソクラテス弁論術、さらに今では数え切れないほどの弁論術が存在しますが、そのほとんどは
「相手を自分の言いたいことに同意させたいなら、相手の気分を害さない表現をする」ことを基本とするものです。
なぜなら、相手の感情を逆撫ですれば、相手の頭脳を働かせるときに「煩悩」となりうるからです。
参考にもならないと思いますが・・・私が参考にしているメソッド(手法)は2つ、ひとつはデール・カーネギーの「人を動かす」、
もうひとつはベンジャミン・フランクリンの「Autobiography(自叙伝)」です。まだかじっている程度なので
まったく身についていませんが、これから身につけていければと思っています。
私の表現方法で気分を害されたら、どうぞ指摘してください。大変参考になりますので、喜んで勉強させて頂きます。
再度、長文失礼しました。
投稿: よす | 2009.03.09 07:20
Nishi 君
> >これは Nishi 君の推測であって、私の考えではありません。
> >これは Nishi 君のミスリードです。
>
> で、あれば、ご自身の考えおよび、本来の意味を明確にして頂けませんか?
前者は、まだそれを書く段階でないと考えているので、まだ書きません。
後者は、2009.03.09 04:21 のコメントにはっきりと書きました。
> 本エントリーの本文に挙げられている書籍から学ぶべきことは
(中略)
> ○ 相手にいかに「感情の承認」をしてもらうかを考える。
> ○ 相手の「外的コントロール」に惑わされずにきちんと理性的に読み取る。
>
> ということではないかと推察しますが、如何ですか? >マーマー・ヨさん
・相手に「感情の承認」を与え、理性的な世界で話し合いをできるようにする
・外的コントロールを使用する相手には、どのように対処するか
です。
私があまり自分の考えを書かない理由はいくつかありますが、大きな部分を占めるのは、本エントリに書いた「理性的な言葉が全然理性的になっていません。「理性の言葉をまとった感情の発露」になっています。」状態になっていると考えているからです。
この状態では生産的な話し合いができないと考え、理性的なやり取りができる状態を待っているからです。
よすさん
ご無沙汰しています。最近お話していないですね。今度都合がいい時にでも酒を飲みながら(?)おしゃべりしましょう。
私がよすさんにメールした理由は、(メールの文章はかなり簡単にはしょった文章だったけど)客観的に第三者から見て、このコメントのやり取りは理性的か(話しがかみ合っているか)・感情的に大丈夫か(読んでて嫌な気持ちになるか)を知りたくて、メールさせていただきました。
そして、返事をするに足る内容だったら、「メール etc かブログで返事ください」と書いたのですが、直接ブログに書くところなど、さすがよすさんらしい。(笑)
デール・カーネギー「人を動かす」は、私が今までに読んだ本の中でたくさん引用や参考文献として挙げられていますので、いつかは読みたい本となっています。
よすさんのレベルでしたら、ナポレオン・ヒルの著書も読みこなせると思いますので、興味があったら読んでみてください。
投稿: マーマー・ヨ | 2009.03.09 19:50
>よすさん
コメントありがとうございます。
これくらいで気分を害することもないのでご心配なく。
まったくおっしゃるとおりで、子供のケンカですね。
そもそも、もともとのスタートが子供のケンカですから。
まぁ、私としてもそれに飽きて整理をしてみたコメントが2009.03.08 22:18というわけなのですが・・・・・・・・。
>マーマー・ヨさん
現状は、お考えを述べられるつもりはないとのこと、了解しました。
私には「結局何をおっしゃられたかったのか?」という消化不良感が残りますが、無理強いはできませんからね。
投稿: Nishi | 2009.03.09 21:37